最近、雲雀の機嫌がコロコロ変わる。そんな事が学校中の密かな噂になっていた。まず、機嫌が良い時だ。悪いときの雲雀恭弥には近づかないほうが良いと法律で定めたい…いや、現に学校の規定には隠れて存在しているその事実があるのだが、そんな噂があったのも、機嫌の悪くない雲雀の様子など、殆どの生徒は目にしたことがなかったからだ。けれども、此処最近は違う。時々、嬉しそうな様子で顔を綻ばせているのだ。証言者S田さんはこう語る。

「ある日、雲雀さんの機嫌が凄く良かったんだ。僕はその日遅刻してしまって、風紀委員に校門先で出会ってしまったんだ。雲雀さんも一緒にいて、あ、コレはヤバイ。と命の危険すら感じたのに、その日はまあ許すの一言で終わったんだ。あの時の雲雀さんの笑顔は、機嫌が悪いときよりも怖かった…」

そして、証言者S田さんを傍で見ていたG寺さんはこう語る。

「けど、十代目…じゃあねえ!S田さんの話には続きがあって、その日の放課後、じゅうだい…S田さんが帰ろうとしたときのことだ。朝はめちゃめちゃ機嫌よかったのに、帰りに会ったときには雲雀の機嫌がすっげぇ悪かった。そんな雲雀の横を通りすぎたとき、じゅう…S田さんは急にトンファーで後頭部を強打させられた。んで、全治二週間の怪我なわけだ。…くっ!俺がついていながら、十代目が…!」

そしてまたある男子生徒Y本さんはこう語る。

「雲雀の笑顔って、初めて見たけど、いつもの仏頂面よりこえ〜ぞ〜ハハッ」

と、まあある三人組に証言してもらったわけだが、結局のところ上機嫌な雲雀も不機嫌な雲雀も怖い、と言う結果になった。では、最近の機嫌の上下の理由について調べてみよう。これもまた、一部では有名な話。

並盛中学校に、一人の少女が通っていた。少女の名前はと言った。少女は、別段変わった風もなく、本当に普通の女子生徒だ。こう言ったら語弊があるかもしれない。人当たりが良く、人付き合いが上手な子。と付け加えておこう。何故、そんな一般ピープルを出すのかと言えば、実はこの少女、雲雀恭弥の恋人その人なのだ。…それを知る人物は極僅かであるが。彼女の親友はこう語る。

「…普通に学校に言ったら、突然雲雀と付き合うことになった。と恥らいながら言われた日はほんとどうしようかと思ったよ。雲雀って誰?まさか某風紀委員長じゃないよね?違うよね?って言ったらそうに決まってるじゃんって、本人はケラケラ笑ってるんだから。…は風紀委員に入ったから可能性はないことは、無いけど…でもないほうが少ないと思ってたのよね。だって、あの雲雀恭弥よ?あり得ないっつーの。本当に付き合ってるのか疑問よね。ただの下僕を恋人だと勘違いしてなきゃ良いんだけど…」

…とまあ、貶されているような気がしないでもないが、彼女は彼女なりに心配しているらしい。うーんと考え込んでしまった彼女に、あ、これは失礼しましたと早々にインタビューを終え、噂のさんの元に尋ねることにした。結局のところ当事者に聞かなければ何も解決しない。え?雲雀に?ま、ままままさか!彼には絶対聞けませんよ。
放課後、帰ろうとしている彼女を見つけて、「ちょっと良いですか?」と聞いたところ、快く承諾してくれた。…雲雀恭弥の(確定が無いので自称)彼女、さんはこう語る。

「え?恭弥くんですか?はい、じ、実は付き合ってるんです。え?今ならまだ間に合う?引き返せ?ふふ、何言ってるんですか〜。恭弥くんは全然優しいですよ。え?恋人の意味?うーんと、好きあって想いが伝わった人たちのことですよね?下僕とは全然違うじゃないですか〜嫌ですね〜あはは。だって恭弥くんから言ってくれましたし。え、その言葉?そ、そんなの言えませんよっ!」

赤面するさんを見て、取材を終えた。
どうやら下僕と恋人の違いはわかるそうですよ、親友さん。顔を仄かに赤らめたさんが嘘をついているようには見えませんでした。まあ、こんなことで嘘ついたって全然何にも得になんないんですけどね。いや、だってもし雲雀の耳にでも入ったら、咬み殺されちゃいますからね。えへへ。にしてもあの凶悪な笑みの彼を「恭弥くん」呼びするとは…やっぱり付き合ってるのかもしれません。いや、でも本気で…「恭弥くん」ってイメージじゃないですよ、ちょっとある意味ホラーなわけです。ハイ。

「…で、君は何をしているわけ?」
「いや、何って…なんだったんでしょう。初めは雲雀恭弥の上機嫌のわけ、だったのですが、何故か最後は彼女の話に。でも真意は掴めませんでしたよ。あは、……は。―――って、雲雀さま!?」
「…面白そうなことやってるじゃない。良い度胸だね」

あ、ああ。どうやら小生の命はコレまでのようでござる。アーメン。小生なんて言いながら十字架を切るって言うのもおかしな話だけれど、目の前にニヒルな笑みを浮かべている雲雀恭弥を見ればそれくらい可笑しな行動に出ても不思議じゃない。

「一つだけ、教えておいてあげるよ」
「はへ?」
「…さっきが言ったのは本当のことだってこと」

――――― それが、私めの最後の記憶です。部長、最後に一言。…私は、
新聞部として立派にやり遂げました、よ。



                    +   +   +





そう言われては振り返った。目の前には待ち人である恋人の姿。恭弥くん、なんて言いながらにこっと純粋な笑顔を浮かべると、雲雀も釣られて薄く笑った。頬をほんのり赤らめて、てててと雲雀の前にやってきたは「遅かったね」と声にする。雲雀がちょっと急用がね、と言葉を濁すと、差して気にしていないのか、そっかと笑った。…この純粋な笑顔はいつまで純粋なのだろう。本当にそう思う。そして、気づいて欲しいと同時に思う。急用のイコールで繋がれるものの意味を。まあ、まさか「今一人血祭りにあげてきたばかり」とも言えないのだろうが。雲雀は目の前でにっことあどけない笑みを浮かべるの手を掴むと、「じゃあ帰ろう」とスタスタ歩き始めた。

いつもは忙しなく動く雲雀の足だが、このときばかりは早い歩調もゆっくりとなる。言わずともがな、の時だけであるが。勿論歩幅を合わせてくれていることにも気づいていた。みんなは雲雀のことを怖いだの冷血だの人の子じゃないだの言うが、にとっては一番優しいと思えるほどの存在なのだ。何度も言うが雲雀がこんな風になるのはにだけである。他の人には容赦ないと言うのをは知らないのだ。いや、正確には四六時中雲雀の穏やかでない噂は聞いているのだが、噂は噂。と本気にしないのである。その噂が大方真実だとしても。…知らないと言うのは罪である。手を引かれ昇降口を出た二人は、校門を左に曲がった。沢山いる帰りがけの生徒の姿が雲雀との前を歩いている。

「そう言えばこんな時間に恭弥くんと帰るなんて初めてだねっ」

嬉しそうに顔を綻ばせる恋人にふっと笑いを浮かべるのは隣にいる、雲雀本人だ。そうだね、なんて言いながら進んでゆく。その中で前を見ていれば群れる生徒が多数いて。いらいらするものの、今は自分もそんな奴らと同等であったし、いらいらと言っても本当に微かなものだったから気にならなかった。それもこれもがいてこそである。
暴れる猛獣を操る猛獣使い、とでも言うのだろうか。
ひそひそと前のほうで話をされていることは勿論雲雀は気づいていたが、今の雲雀にはそれすらも許せる範囲で。自分より幾分か小さい女の子の手をきゅっと握ってやった。愛しいと、心から思う。

そこで、ふっと雲雀は先ほどのインタビュアーの顔を思い出す。確か新聞部の副部長だか書記だかの女子生徒だ。言われた言葉は「本当に付き合っているのかわからない」―――確かに大げさに騒がれるのを雲雀は好まない。けれども全然誰も知らないと言うのは何だかそれもそれで面白くなく。ちらり、とこちらを窺い見る男子生徒と視線が合った。合った瞬間、男子生徒は雲雀に喰われる!とでも思ったのか小さく「
ひぃ!」と声を上げて前を向き直った。…そんなに自分が女の子と居るのが変なのだろうか。…昔の雲雀なら想像出来なかっただろう。そして、昔の雲雀ならば今の雲雀を見て、他人のように「かみ殺すよ?」と喰ってかかるに違いない。それほど、この空気が似合わないのだ。なんと言うか…ほのぼの、なのだ。空気が。きっとが醸し出す雰囲気なのだろうが。
ちらりと嬉しそうに歩く恋人に目を向けた雲雀は、もう一度前を見て。…ほくそ笑んだ。良いことを思いついたのだ。


「ん?なあに?」

名前を呼んで、顔を上げたの頬に手をやる。それから雲雀は滑るように触り、顔を近づけた。「え、え、」と目を白黒させたは前回もこんなことがあったのを思い出し、危険装置にスイッチが入った。

やだっ

近づく雲雀の顔から思いっきり自分の顔を背けると、強い拒否。…プイっとあっちを向かれてしまい、雲雀は面白くない。今まで穏やかだった二人の雰囲気に不穏な空気が流れるのが解る。明らかに、怒っている。

「なんで?」
「き、キスはやだって言った!」

断固拒否されてしまい、いらいらが募る。此処まで激しく嫌がられるとショックすらなってくる。…たかだか一人の女子にこうも振り回されるとは…。腑に落ちない。自分が優位に立ちたいのに、彼女の前ではそれが出来ない。でも無理強いも出来なくて、結局頬に添えた手をそっと離してやった。
すると、また先ほど雲雀との様子を見て来た男子生徒がまたチラリと雲雀を見た。…瞬間、また目が合う。けれども、先ほどとは全然違う、のは…雲雀の態度だ。

…何見てるの?
ひ、ひぃ!み、見てません!

明らかに不機嫌である。仕込みトンファーに手をかけられ、生命の危険を感じ取った生徒は突然弱々しく声を上げると、ビュウっと漫画のように去っていった。そんな光景を「あの男の子、足速いね〜」なんて言って会話をする。そうだね、と返す雲雀の掌にトンファーが握られているなんて知る由もない。

「良く目が合った気がするんだけど…もしかして、私たちが羨ましかったのかな?あまりにも仲良さそうに見えて」

なんて、ね!とえへへと笑うに先ほどまで怒りを覚えていた雲雀の頭の熱が一気に沈下していった。「そう、だね」そう言った雲雀の顔が少し赤みがかっていたのには気づかない。

「でも、仲の良い恋人同士はキスくらいしても良いと思うんだけど」

そして同時にどうしてこう仲が良いとか平気で言うのにも関わらず未だにキスもさせてくれないのかと疑問に思う雲雀に「そ、そそそ、それとこれとは別問題だよ!」と顔を真っ赤にさせたの本当の気持ちに雲雀も気づかない。

まさかあまりの緊張に鼻息が荒くなったら、と考えると恥ずかしくて出来ない…なんて、さすがに恋する乙女は言えはしないであろう。彼女の興奮が収まるまでキスはさせてもらえないのだろう。…彼女の真意に早く気づけば良いのにね。

……知らないと言うのは罪であると先にも述べたがそれにもう一つ追加しておこう。純粋さは凶器である。





ファース・ラブ
    ス
ーリー





2007/02/03