パコーン、パコーンと不規則なボールの音が飛び散っている中、俺は聞こえた。 「・・・〜♪」、上の方・・・屋上からか?コーラス部、ではないだろう。 (大体、音楽室を使うはずだ・・・と思う)しかも大勢のハーモニーではなく、一人の声だ。 (ソロパートの練習か何かだろうか)(それにしても、) とても、聞いていて飽きない・・・綺麗な声だ。「幸村、このメニューの次はなにするんだよ?」 「ああ、その次は・・・」少し気を逸らしただけだったのだが、また声のする方へと集中させてみたら、もうあの綺麗な歌声は聞こえなかった。 (嗚呼、誰なんだろうか・・・この学校の中にいるのならば、もう一度・・・聞けるだろうか) 俺は、その歌声が頭から離れなくなっていた。(とても、とても・・・印象的だったのだ) 「じゃあ、・・・今日は終わりにしようか」 その日から数日後、ふと聞こえた、あの綺麗な歌声が。 「・・・LaLaLa、」聞いていて、心地良い・・・やはり、飽きないな。 (あれ、今日はこの前の曲と違う・・・みたいだ) (俺も・・・聞いたことがあるような気がする、曲だ) コーラス部で、ソロの練習だろうか?もしくは・・・趣味で、歌っているのだろうか? 俺には、わからない。けれど、ずっと・・・ずっと、聞いていたい。心から、そう思った。 (久しぶりだ、こんなに気持ちがスッキリしたのは)ふと、屋上の方を見上げると一人の女子がいた。 しかし、ここからでは遠すぎる。でも、あの子が歌ってるのは確からしい。 (あそこから、歌声は聞こえてくるのだから)黒い髪が、夕焼けで赤く見える。 風で髪が靡き、歌っている姿がとても美しく見えた。 (こんなにも、美しい人がいるとは思いもしなかった) 「・・・村、幸村」 「なんだい?」 「どうしたんじゃ、ぼーっとしよって」 「いや、・・・なんでもないよ」 「そうか?ならええんじゃが・・・体調はいいんじゃな?」 「ああ、心配はいらない」 「そうか。そういや、今・・・屋上の方を見てんかったか?」 「見てたように見えた?」 「ああ」 「・・・仁王は、打ってるとき聞こえないかい?」 「なにをじゃ?」 「声」 「声?」 「そう、声。だけど、普通のじゃあない」 「?意味がわからんきに」 「歌声だよ。とても・・・綺麗な、ね」 「そうか・・・打ってるときは集中してるからのぉ・・・すまんな」 「いや、いいんだ」 仁王と話し終わったあと、もう一度、俺は歌声のした方を見てみたが・・・そこには女子の姿はなく、歌声も聞こえなくなっていた。 (そういえば、)今日は、前聞いたときか丁度1週間めだった。 ・・・ということは、また来週になれば聞けるのだろうか? (なんだろう、この気持ちは・・・ドキドキ?違う、わくわく・・・?そう、だ・・・わくわくだ) 俺は、来週が待ち遠しくなった。(まだ、聞けるかもわからないのに、) (俺って結構単純な生き物だったらしい、な)「幸村、」「?なんだい?」「時間、ええんか?」 「え?あ、そうだね。ちょっと遅くなったけど、今日はこれで終わる!」 俺は、今日もこの歌声が頭から離れなかった。 (日に日に印象は濃くなっていくだけで、忘れられそうにもない) (多分、ずっと・・・一生、忘れないだろう) 翌日、俺は昼休みに屋上へと寄ってみた。・・・昨日、歌声が聞こえた屋上だ。 (歌っている女子がいると限らないのに、どうしてだろう?) 俺も、自分自身のわけがわからない行動に吃驚していた。 (自分自身でも、よくわかっていないのだ)俺って、こんなに馬鹿だったか? (いや、もうちょっと考えてから行動していたはず・・・だ) (いつからだ?そう、歌声を聞いてからだ)俺は屋上の、少し錆ついたフェンスにおっかかった。 ぎし、と音を立てたが・・・大丈夫だ。壊れる気配はない。 (それでも少し心配だったけれど、強い衝撃を加えなければ大丈夫だろう) 俺が、ふぅ・・・と溜息をついたら、後ろから声がした。「あ、あれ・・・先客、?」 その声は、とても歌声と似ていた・・・細いけれど、しっかりとしている優しく、柔らかい声だった。 (あの歌声の持ち主・・・なのだろうか?) 「ああ、ごめんね。ここ、特等席なのかい?」 「いつもは人がいないんで、私が使わせてもらってます」 「そう・・・君、」 「はい?」 「放課後・・・ここで歌ってたりする?」 「え、・・・」 俺がそういうと、目の前にいる女子は徐々に頬を赤くしていった。 やはり、そうなのか。「え、えと・・・聞いてらっしゃったんですか?」「まぁ、ね」 「う・・は、恥ずかしいっ・・・!」そういいながら、両手で顔を覆った。 (何故、自分の歌声に自信を持たないのだろうか?)(もしかして、無自覚・・・?) 「へへへ、下手なの聞かせちゃってすいませ・・・っ!」 「君が思っているほど下手じゃないと思うけどね」 「うぇ?そそそそんな、気を遣わなくて良いですよ!」いや、遣ってるつもりはないんだけどな? ま、言っても無駄だろうから言わないけれど。(こういう人種に言っても、無駄なのだ) (全部、お世辞と言って流してしまうから)そういえば、こんなに近くで見るのは初めてだな。 いつも・・・と言っても2回だけれど、遠くからしか見ていない。(というか、見えない。) 俺は、目の前にいる女子をじっと見つめた。(女子の方は、頭の方に?がついているみたいだ) 「そういえば、」 「なんですか?」 「名前、なんて言うんだい?」 「あ、です」 「さん、ね」 「はい」 「さんは、コーラス部?」 「いえ?違いますよ」 「?じゃあ、なんで歌っているの?」 「あ、趣味ですっていうか、自己満足?みたいな」 「へぇ・・・そうなんだ」 「気持ち良いんですよ、ここから思いっきり歌うと!」 「そうなんだ・・・1曲、歌ってよ」 「え、でも・・・下手ですよ」 「いや、いいんだ。俺の自己満足だから」 「え、と・・・何の曲がいいですか?」 「なんでもいいよ」 「・・・じゃあ、クラシックでいいですか?"アヴェ・マリア"です」 「あ、聞いたことあるかも」 「そうですか?では、 ・・・LaLa 、・・」 俺は、一瞬だけ時が止まったように感じられた。 (そう、この歌声に吸い込まれていくような感覚だった) 気づいたときには、歌は終盤に差し掛かっていた。 (時間もそろそろ、昼休みが終了する時間だった)「・・・ LuLu、 〜♪」 「(パチパチ)ブラボー、さん」「あ、ありがとうございますっ」 「そろそろ、チャイムも鳴るころじゃないかな?」 そういった後すぐに、キーンコーンカーンコーン・・・チャイムが鳴った。「丁度だったね」 「え、あ、はい」「授業はいいのかい?」「え、あーっと・・・お昼食べたら出ることにします」 「あ、そうか、お昼食べにここに来たんだよね。ごめんね」 「いえっ!私も調子に乗って、歌っちゃいましたし」「今日は、放課後・・・歌うのかい?」 「どうしましょう?気分次第なんですよね」「俺、来るから・・・歌ってくれるかい?」 「でも、幸村さんは部長さんですよね?いいんですか?」「、俺の名前・・・知ってたんだ?」 「?ええ、有名ですよ?知ってて当然ですよ、・・・で、部長さんなのにそんな時間あるんですか?」 「ああ、休憩時間にでもくるよ」「・・・わかりました、放課後、ここにいますね」 その答えを聞いた俺は、足早に屋上を出た。 (さっきのは、ま予鈴だからね。本鈴まで5分しかないから、急がなくてはいけないな) また聞けることを祈って、俺は教室へと急いだ。 「・・・はぁ、はぁ、はぁ、」 「そんなに急いでこなくてもいいですよ・・・まだ、無理しちゃいけませんよ」 「大丈夫だよ、時間・・・少ないからさ、短めなのお願いできるかな」 「はい、私の好きな曲にしますね・・・曲名は知りませんが」 「わかった」 俺がお願いしたとおり、歌っていた曲は短めだった。しかも、この曲は一番最初に聞こえた曲だ。 (まだ、脳裏に焼きついているから、鮮明に覚えている) この曲は、さんの声が引き立つ曲だと思う。 この曲は柔らかく優しくゆっくりと流れる大らかな曲だけれど、少し物悲しい感じもする。 彼女の声が曲に合っていて、曲も彼女の声に合っていて、彼女が好きな感じがわかる。 (曲も・・・人を選ぶのだろうか?) 歌っている彼女をしっかりと間近で見たのはこれが初めてで、すごく気持ちよさそうに歌っていた。( その姿が、俺の脳裏に焼きついた感じがする)「・・ 、La・・」少し、間を空けて俺は言った。 「素晴らしかったよ」「そ、ですか?あ、もう行った方がよくないですか?」 「いや、まだ大丈夫」「そうですか?」不思議そうにするさんを見て、俺は思う。「・・・、さん」「なんですか?」「これからも、俺の為だけに歌ってくれませんか」 「・・・へ?」「どう?」「ええ、えと・・・えと・・・?それはどういう・・・?」 「どういう意味だと思う?」「え、違ったら恥ずかしいじゃないですか」 「いやいや、言ってみてよ」「・・・"好き"?」「さんは?」「・・・本当は、趣味じゃないんです・・・この歌、」「?」 「幸村さんに、届くようにだけ・・・歌ってたんです」流石の俺も、この台詞には吃驚した。 (それって、前から俺の事を知っていたってことだろ?) 「だから、幸村さんが気づいてくれたことが・・・嬉しかったんです」 「そう、なんだ」 「もし、もし・・・私でいいのならば、歌い続けたいです、幸村さんの隣・・・で」 「・・・君じゃないと、嫌だな俺は。隣で歌うのは、君がいい」 「幸村さん・・・、はい、喜んで・・・歌います」 歌う太陽、笑う月 (今日もテニスコートまで、俺にだけ太陽の歌声が聞こえてくる)(そして俺は太陽に笑いかけるのだ) |