「ひば、」
「なんで、僕のところに来るの」
「え、?」
「君が行きたいのは僕のところじゃなくて、・・・」



僕はそこで言うのをやめた。言ってしまうと、虚しいから。 あの楽しかった、夢のような日々を忘れてしまいそうだったから。 少なくとも、僕は忘れたくない。・・・はわからないけれども。結局、僕も人間だったのだ。 こんなに弱いところがあるなんて、自分でも気づかなかった。 (それなのに、こんな状況でやっと気づくとは、・・・) 僕は今だって、が好きだ。も、ずっと僕のことが好きなんだと思っていた。 けれども、違う。は僕のことを好きだけれども、それ以上に好きなヤツがいるのだ。 いや、元々いたのだけれどもヤツには女がいた。も僕と付き合って、諦めるつもりだったんだろうけれど、・・・諦めきれていないのだ。 (本人は諦めたと誤魔化すけれども、視線の先はいつもアイツだ) 僕はそれでも、を大切にしていたつもりだったし、が別れを切り出さないのならそれでいいと思っていた。 けれど、やっぱり僕は欲深い人間で、の心も欲しかったのだ。 (でも、手に入らないのは確実で、)結局肝心なところで、僕は弱かったのだ。 あの弱い草食動物たちみたいな人間のように、弱かったのだ。嗚呼、なんて情けない。 この雲雀恭弥ともあろう人間が、1人の人間に振り回され、掻き乱され、溺れていってしまったとは、なんて情けないのだろう。



「大体、僕はのことはもう好きじゃなかったんだ」
「え、・・・」
「・・・、群れたくない」(違う、)
「そう、だったんだ」(本当は、本当は、)
「そう」



それだけ言って、僕は目を伏せた。(と目を合わせたくなかったから、)ああ、寒い。 いつもは左手にの右手が握ってあって、は手が暖かくて、僕の手はそれだけで暖かかった。 けれども、もうその右手は握れない。やり場のない左手が、ぶらんと垂れている。 (どうすればいいのか、わからないのだ)僕は、もう言うこともないから、ゆっくりとに背を向けた。 「じゃあね、」そう言って、僕は歩いた。から離れていくように。 (嗚呼、明日から「雲雀くん、!」などと呼ばれることもないのだろうな) これからのつまらない日々をどうしようかと考えながら、ゆっくりと・・・本当にゆっくりと歩いた。 そう、僕が別れを告げたはずなのに、が追ってきてくれることを願って、ゆっくり歩いているのだ。 (まだ、そう遠くはないから、早く・・・早く、ここへ来てよ) 追ってくるはずなんか、ないのに。 最初の曲がり角を曲がったら、さっきいた場所から、声が聞こえた。 正確に言うと、の泣きじゃくっている音だけど。 少し立ち止まって聞くと、「うぅ・・・っ、ひば、り・・・くん、」 微かにが僕を呼んでいる。嗚呼、僕はまだここにいる。君が追えば、まだ手が届く範囲なんだ。 さあ、来てよ。僕は、まだ、ここにいるよ。でも、無理なんだろう。 僕は、立ち止まっていた足を動かし、また歩き始めた。今度は、いつもと同じ速さで。 できるだけ、できるだけ、さっきの場所から離れられるように、速く、速く。 (悲しい、苦しい、寂しい、悔しい、)

僕は、歩いていた。そうしたら、群れている集団を見つけた。 いつもと同じように、殴った。蹴った。僕も、痛かった。どこが?胸の辺りが。 なんで?分からない。原因は?多分、・・・、だ。頬につう、と冷たいような暖かいようなモノが流れた感覚がした。 なんだ、これは。触ってみると、液体だった。ああ、血か?よく見たら、赤ではない。 血は、流していない。じゃあ、なんなんだ?群れていた、最後の一匹が言った。 「ハッ、雲雀泣いてるぜ?俺が怖いのか?ははっ」泣いてる?僕が?手を目元に当ててみた。 液体が、また手についた。舐めてみた。しょっぱい。これが、涙なのか。 生まれて初めて・・・ではないだろうけれども、少なくとも、記憶の中では泣いたことなど一度もないはずだ。 いや、泣きそうになることすらなかったはずだ。 これが、・・・涙。僕は面白い解釈をした野郎を何回も殴って、蹴って、ボロボロにしてやった。 (お前なんかが、怖い?また、面白いことを言うね) 僕は倒れている何人もの屍の上で、目から出てくる液体を止めようとはしなかった。 嗚呼、この日を一生忘れないだろう。僕が泣いた日。 そして、僕がもう二度と涙を出さないと誓った日。(神様ではなく、自分にだけど) 涙の音は、雨が綺麗に消してくれていた。(そう、僕はのことを好きだったんだよ・・・いや、愛していたんだよ) (そう、僕の命と引き換えにしてでも守ってあげたいと、そう思った女だったんだ)





















(涙の音は、いつまでもいつまでも、僕の中で響いて残っているのだ)