ふいにするりと手に持っていたプリントが地面へ落ちてしまった。 しかし生憎プリントが落ちたのは掃除が終わったばかりの微妙に濡れている廊下だったから、少しプリントが濡れてしまった。 文字が歪んでしまった。仕方ない、もう一枚だけ担任のところまでとりに行こうと考えた。 面倒くさいけれど母さんには見せなければいけないから、文字が歪んで見えなくなってしまってたら持って帰っても意味がない。あーあ、こういうときに無駄に広いこの学校を恨んでしまう。 だって、廊下を端っこから見たら終わりというものが見えないんだよ? しかも、最低10分は歩かないといけないというおまけつきです(ちなみに私とか宍戸みたいな庶民らは未だに慣れませんよ) 私は静かに席を立ち、職員室へと向かった。 周りはみんな騒がしくて、私が出て行ったということにすら気づいていないだろう。 廊下に出ると、今まで暖かかった空気が冷たくぴんと張り詰めていた。 はーっと手に息を吹きかけたら、息が白くなってしまうほどまでに冷たいらしい。 3月なのに、だ。ああ、・・・さっさととりに行こう。 そう思い、私は歩く速度をいつもより速くして、職員室へと向かった。 ・・・ああ、段々と顔が冷たくなってきた。耳、鼻、頬・・・じんじんしてきた。 本当、階段まで行くのが長いんだよなあ。 私は前を向いて歩いていると、ふいに廊下の終わりくらいのところに光っているものが見えた。 まぶ、しい・・・?私は目を凝らして、その一点だけを見つめた。金色の・・・髪? あれは、芥川くん・・・かな。私はそう確信したが、歩く速さは遅くはしなかった。 しかし、金髪ってあんなに太陽の光を反射するものだっただろうか? なんであんなに眩しかったんだろうなどと思いながらも、芥川くんとの距離は短くなっている。 あ、顔がはっきり見えた。今日はちゃんと起きてるのか・・・あ、そうでもないみたいだね(目が半分しか開いてないよ、芥川くん) あと、5m・・・4、・・・2、1m・・・私と芥川くんが擦れ違ったその直後、いきなり腕を掴まれた。 え、?と思って振り返ると、さっきよりは目が開いていた芥川くんが私を掴んでいた。 そして、どうしたのか聞こうとしたら、先に言われてしまった



「俺、さんが好きなんだ」



移動教室のクラスの子たちで騒がしかった廊下はしん、と静まり返った。










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「しっかし、ジロー・・・お前やるなぁ」
「・・・忍足か」
「なんや、俺で悪かったな」
「俺、あんな顔させるために言ったんじゃないのにな」
「いや、いきなり言われたら大抵の子はあーいう反応するやろ」



机にうつ伏せになっているジローを宥める様にぽんぽんと頭を撫でる忍足の姿が教室にはあった。 噂はとっくに学校中に広まっており、さん問い詰められてるかもなあ、なんてのんきに思っている俺はやっぱりさんを本当に好きなのか疑ってしまう。だって、そうだろ? 好きなら相手のことは自分のことのように心配するだろうし、助けに行くとかそういう衝動に駆られてもいいはずなのだけれど・・・まったく、そういう気持ちは湧き上がってこない。 「忍足ー・・・俺、本当に好きなのかな」「さぁな?自分のことやろ」「けち」 忍足は役に立たないことが判明した。 うーと唸りながらうつ伏せになっていると、突然教室は静かになった。 顔をゆっくりあげると、ドアのところにさんの姿があった。きゅうに胸が弾むように高鳴り始めた。 さんは、いつものように真っ直ぐにぴんと背筋を伸ばして、こっちに向かって歩いてきた。 とくん、とくん、とくん・・・段々と近づくに連れて早くなっていく鼓動。 そこで気づいた。やっぱり、俺はさんのことを好きみたいだ。 あの凛とした表情もぴんと伸びた背筋もすらっとした腕や脚も全てが好きだ。 さんは、さんに見惚れている俺の目の前に立った。「芥川くん、ちょっといいかな」 さっきの返事かな。別に、駄目でもいいんだ。 俺が断ち切ればいいだけのことだから・・・でも、多分、そう簡単には断ち切れないんじゃないかって思う。さんだから、・・・さんは目立つ。何十人・・・何百人が立っていても、俺は見つけると思う。 あんなに綺麗に立っている人、見た事がないから・・・すぐに、見つけてしまうと思う。 俺は立ち上がり、クラスメートの視線を浴びながら、さんについていくように歩いていった。後姿も綺麗だ、そう・・・思った。 今・・・、中庭見てる・・・誰か、いるのかな。あ、少し笑った・・・?、可愛いかもしれない。 「あ、ここでいいかな?」「ここ・・・」「私の秘密の穴場ー」さんはにっこり笑いながら鍵を取り出し、数秒もしない内に鍵が開いた。 ・・・あれ、あの鍵どうしたんだろう



「あ、ドアは閉めてね」
「うん」
「・・・いい天気だね」
「うん、ぽかぽかしてる」
「窓、開ける?」
「いいよ」

「あ、・・・気持ちいいかも」
「いい風だねー」



ふと隣を見ると、髪が風邪に靡いているさんがいた。にっこり笑っているさんをこんなに間近で見るのは初めてで、少し嬉しくなった。 肌・・・綺麗だな。手入れしてるんだろうなー・・・そんなことを思っていると、今度は髪を掻き揚げた。爪が、綺麗だ。 マニキュアとか塗ってないけど、綺麗に整えてある爪だった。さんのパーツ一つ一つに愛おしさを感じた。さんはふとこっちを向くと、「?私の顔になんかついてるの?」なんて、漫画にありそうな台詞を聞いてくるから、思わず笑ってしまった。 「はははっ!さん、最高!」「何がよ」「全部!はははっ」そういうと、さんもくすくすと笑い始めて・・・なんとなく、2人で数分間笑いあっていた。 どうしよう、こんな数分の間にさんのことをもっと好きになってしまったような気がする。 「さん、」「なに?」さんは笑いながらこっちを向いた。その顔はとても可愛くて綺麗で、とても儚げだった。 ずっと、見ていたいと思った。



「俺、さんのこと・・・大好きになっちゃった」
「え?」

「俺と、付き合ってくれませんか」





例えば海を泳ぐの話

(海を泳ぐのではなくて、俺はいつの間にか君という海に溺れていたみたいだね)





「喜んで?」
「マジで?!嬉Cー(にっこり)」
「あー・・・廊下のときは、走って逃げちゃってごめんね」
「別にー・・・今が超幸せだからいいよ!」