顧問の先生が転勤になる。 そう聞いて、私のところだけ時間が止まったような感覚に陥ったのは昨日の朝だった。 実感は、湧かなかった。それでも、離任式の日は涙も出たし・・・みんなで号泣したんだ。 私は、吹奏楽部で入部した頃から、あの先生が顧問だった。 厳しかったけれど、それでも・・・優しかった先生だった(そりゃあ、まあ、コンクールの前とかはすごかったけれどもね) そして、今日は先生と一緒に部活をするのが最後の日だった。 明日からは先生が来なくなり、入学式が終わると同時に新しい先生との1年が始まるだろう。 ひっくひっくとみんなの泣きじゃくる声が脳内で木霊する。音楽室にも、響いているみたいだ。 あー・・・みんな泣いてるんだなぁ。どうしよう、泣いたほうがいいのかな? 泣かなきゃなのかな?でも、・・・涙が出てこないよ。おかしい、のかな。 もう、身体の水分全てを集めても、涙は出てこないかもしれない。 人間の身体は60%が水分だというのにね。私は、おかしいのだろうか?「、頑張ってね」と泣きながら声をかけられた。 「はい」としか答えられない自分が嫌だった(もっと、なんか言うことないのかよ) 結局、みんなみたいにわんわん泣けなかったまま、帰ることになった。 みんなは先生と離れるのが嫌で、ゆっくりゆっくりと歩いていく。だって、これが最後なのだ。 そう思うけれど、私の足は勝手に進んでしまう。「、さようなら」「・・・先生、元気でね」私は、振り返らずにその場から去った。







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無意識に辿り着いたのが、屋上だった(なんで、屋上なんだろう・・・?) 私は、フェンスへと近づいた。 まあ、流石に危ないから、フェンスの向こうに座ろうとは思わないけれどね。 フェンス越しに見る、私の住んでいる町はとても大きく広く見えた(そして、私という人間がとっても小さく感じた)広い、なあ。 ぐっと背筋を伸ばして、深呼吸をした。 まあ、ここの空気が決して綺麗とは言わないけれど・・・でも、新しい空気が肺に入ってくる感じが今は気持ちよかった。 空が、ムカツクくらい青かった。「あれー・・・誰か、いる」後ろから、なんともやる気のない声がした。 この声は、あれだ・・・と思い振り返った。「あー・・・同じクラスの、えっと・・・さんだよね」「同じクラスの芥川くんだ」芥川くんとは特に笑いあったことも喋ったこともなかった。 だから、芥川くんが入ってきたから屋上から出て行こうと思って、芥川くんがフェンスに近づくと同時にドアへと向かおうとした。 その一歩を踏み出そうとしたときに、芥川くんが口を開いた「あれ、・・・来たばっかだよね?」 あ、見てたんだ。芥川くん・・・、「あー・・・まあね、」ちょっと語尾を濁らせながら、その場に留まった。 ちょっと、出て行きづらくなっちゃったな・・・(芥川くんのことなんて、何も知らないよ・・・!) 留まってみたけれど、なにを話していいかわからず、とりあえず、座ってみた。 芥川くんも、私の隣に座った。



「あー・・・さんは何部だっけ」
「私は、吹奏楽部だけど・・・」
「そっか。なんかここに来る途中に、泣いてる子がいっぱいいたんだー」
「そうなんだ」
「吹奏楽部の子かな」
「・・・どうして?」
「だって、顧問の・・・えっと、名前忘れちゃったけど、先生がうちの学校やめたよね」
「、うん」



芥川くん、起きてたっけ・・・離任式のときは思いっきり寝てたような気がするんだけど、あれ・・・?ま、いいか。 それにしても、芥川くんってば・・・意外と人のこと見てたりする人だったんだね(一応1年間クラスメートしてきたのに、気づかなかったなんてね) 「それでさ、屋上にいこうと思ったらさんが先に屋上にいたんだよね」「そうだったんだ」 「やっぱり、さんも先生いなくなるの悲しい?」驚いた。 私は普通のつもりだったのに、やっぱりそう見えるのかな。 でも、泣けないんだよな・・・「そう、見える?」「俺にはね、そう見えるよ」 「でもね、私泣けないんだ。悲しくないから泣けないんじゃないかな」 だって、みんなは悲しいから泣いてるんでしょう? じゃあ、涙の出ない私は悲しくないんじゃないかって思う。離任式では泣けたのに、おかしいよ。 少し、屋上の床を見て俯いていたら、頭に手がのった。いや、私のではなくて、芥川くんの手ね。 「それはさ、悲しくないんじゃなくて、実感が湧かないんじゃないのかな」「え、?」 「離任式ではさ、雰囲気が泣きたくなるような感じになるんだよ」「ふうん」 「さんは、実感がないだけだよ」芥川くんはそういいながら、ぽんぽんと私の頭を撫で始めた。 その手が暖かくて、大きくて、私は泣いた「う、・・・ぅ・・ひ、っく・・・、」「よしよし」 芥川くんは赤ちゃんを宥めるように私の頭をぽんぽんした。



「う、ぅ・・・の、ね」
「んー?」
「明、日と・・かもね、まっだ・・・いそう、なんっだ・よ」
「うん」
「なつ、のコンクー・・ルも一緒、に・・頑張、るよ・うな、感じな・・だ」
「そっか」



私は声にならない言葉を必死に繋いで、しゃくりながらも芥川くんに伝えた (伝わってるかどうかはわからないけれども、)言い終わった後、私は何分も泣き続けた。 でも、今後泣かないと思う。今後の分まで泣いてしまうから、泣かないと思う。 芥川くんは、私が泣いている間ずっと、私の頭をぽんぽんしていてくれた。 「さん、」「な・っ・・に、?」「大丈夫、いつかきっと会えるからね」 芥川くんの言葉は、安心できる。とても優しいと思う。こんなに優しい人がいたんだね。 私は、ありがとうと言った。





いつだってさよならがある
(新しいクラスでも、芥川くんと一緒でしたよ!ちょっとだけ、話すようになりました)