「いーちにーさーんしー」




ストレッチをする。体のあちこちを曲げて伸ばして、筋肉がほぐれていくのをゆっくりと感じる。深呼吸をして、私は走り始めた。この広い学園の周りをいつもランニングするのが、私の癖になっていた。部活をはじめてから、部活がある日はずっと走り続けてきた道。だいたい1周のちょうど半分くらいを通るころに、テニスコートが見える。走っているときにいつも見ている。




「オラァ!」




真剣な表情で相手とラリーをしている宍戸。時折する、悔しそうな表情や嬉しそうな表情は私を楽しませてくれる。走っているときは楽しい。あの表情を見ると更に楽しくなる。ああ・・・風が気持ちいい。




「ナイスファイトー」
「お疲れー」




走り終わったあとに、あがった息を整えるために少し歩いていた。そういえば、今日ドリンク忘れたんだっけ。息整えるついでに水飲み場までいってこようかな。「ちょっといってくる」「あ、うん。いってら」じわりと汗がでてきた。肌を汗が伝った。手の甲で額の汗をぬぐった。寒いのに、暑い。息が白い。




水を飲んで、顔をさっと洗う。うう・・・冷たい。やっぱり晴れていても冬なんだと思い知らされる。タオル・・・タオル・・・と手探りに探していたが、タオルももってくるのを忘れたんだった。・・・さて、どうするか。このままで自然乾燥してもいいんだけど、顔が凍傷にならないか心配だ。少し考えていると、隣からタオルが差し出された。




「あ、ありが・・・」
「おう」




タオルの差出人は宍戸だった。タオルに顔をうずめつつ、宍戸をみた。宍戸とは1年のころ同じクラスだったのだ。まだ交流はある。同じクラスだったころからすると、話すことは少なくなったけれど。メールしたり、たまに会うと話したり。とりあえず、宍戸とは気が合うのだ。すると、宍戸がおもむろに口を開いた。




「まだ・・・」
「なに?」
「まだ走ってるんだな」
「うん。だって気持ちいいし」
「寒くねえ?」
「走ってればあったかいよ」




「宍戸も・・・」
「なんだよ」
「テニス、してるんだね」
「たまにな。あれだ、後輩指導ってやつだ」
「そっかそっか」




私は走っているときに見る、テニスをしている宍戸が好きだ。まっすぐに相手を見つめ、真剣な表情をしている彼が愛しい。私にもそんな風に見つめて欲しい、真剣な表情をして欲しい、時々どうしようもなくそう思う。ああ、宍戸が好きだ。大好きだ。




「宍戸ー」
「あ?」
「お疲れ!」
「・・・おう」




だけど、今は胸に秘めたまま。




がむしゃらに、まっすぐに

(ったく、気づいてねーのかよ)(・・・卒業式まで、言ってやらねーけどな)